『魔王』
星ドラに真・大魔王ゾーマが実装されたので、これを機に以前書いた短編小説を公開します。
5分ほどで読める短いお話です。
その当時、いろいろな作品に影響されて書きました。
『魔王』
勇者と呼ばれた若者がいた。
卓越した剣技と、様々な魔法を扱うことのできる天賦の才を持ち、人々に勇気と希望を与える、運命に選ばれし者。
彼は仲間とともにいくつもの街を越え、草原や山々を抜け、大海原を渡り、魔王を倒すために世界を旅した。
暗く深い、日の光さえ届かない地の果て。
永遠の夜が支配する闇の世界。
そこに魔王の居城があった。
勇者とその仲間たちは魔王の城に乗り込んだ。
魔王城での戦いはかつてないほど熾烈を極めた。
城の最深部。勇者はついに魔王のいる玉座の間に辿りつくことができた。しかし、彼の仲間はみな道中で息を引きとっていた。
勇者と魔王との一騎打ち。
強大な力と無限の魔力を持ち、あらゆる攻撃を跳ね返すことのできる魔王の前に、たった一人で立ち向かう勇者。
絶望的な戦いと思われたが、勇者は不思議な力に護られながら魔王と互角に戦った。
そして長い死闘の末、勇者はついに魔王を倒した。
勇者はひとり故郷に戻り、王に旅の終わりを報告した。
城は歓喜に沸き、勇者の凱旋を祝うために祝宴が開かれた。人々は彼を英雄と讃えた。
世界に平和が訪れた。
平和な日々が長く続くと、誰かがこんな疑念を口にした。
魔王をたった一人で打ち滅ぼした勇者がいる。それはつまり、魔王よりも力を持った存在が人間の側にいるということじゃないのかね……。
その危険性に怯えた人々は、しだいに勇者を迫害するようになった。
故郷を追われ、彼はひとり世界を彷徨った。
もう誰も彼のことを勇者と呼ぶ者はいなかった。
仲間を失い、故郷を追われ、世界に居場所のなくなった、かつて勇者と呼ばれた若者に残ったものは、人間への不信感と復讐心だけだった。
彼は魔王城を自分の住処とし、ここを拠点に世界の支配を計画した。
彼は魔界から魔物や悪魔を召喚し、自分の配下とした。
魔物を従え、魔法を操り、魔城に住まう、魔の国の王。……すなわち魔王。
誰がそう呼び始めたか知らないが、いつしか彼はそう呼ばれるようになった。
ーー時は流れ
彼は魔王城の玉座に座り、思案していた。
彼の眼前には、人々から勇者と呼ばれている若者とその仲間たちがいる。
穢れを知らぬ澄んだ眼をした勇者。その瞳の奥には強い決意が宿っていた。
この若者もかつての自分と同じように魔王を倒すために数多の試練に打ち勝ってきたのだろう。
人々の期待を一身に背負い、果てのない苦難の旅を続けてきたことだろう。
彼は、勇者とその一行のこれまでの旅路と、今後の運命を想像しながら、玉座の肘掛けを指で叩いてみた。
魔王は、かつての自分によく似た眼をした勇者に、皮肉とも自嘲ともとれる笑みをうかべ、こう問い掛けた。
「なにゆえ、もがき生きるのか?」
fin.